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大善寺・二ツ石大師略縁起
大善寺・二ツ石
大師略縁起
 
モノレールで参拝
大師堂・モノレールで参拝/宿坊 有善会館/アクセス
 
大善寺
須崎市西町1-2-1
TEL:0889-42-0800
FAX:0889-42-1855
本尊:弘法大師
開山:弘法大師
宗派:高野山真言宗
大善寺略縁起
南路志によれば、大善寺八幡山明星院大善寺といい、和州長谷寺小池坊の末寺で弘法大師が開いたという。

本尊は阿弥陀如来(現在不明)で恵信作、宝永四年(1707年)の大変までは、須崎町古市町にあり、八幡神社の別当寺として寺運を続けたが、津波に流されたため、古城山のふもとに移ったものらしい。(平成12年 復刻)

後に、明治の廃仏更毀釈により廃寺(明治二十七年)となり、明治二十九年(1896年)大師の霊跡を惜しむ里人の手で再興され現在地に移転し寺の再建を計って今日に至っている。
昔は、末寺もたくさんあったようで、寺地境内は六反十二畝三歩、寺は三間に二十四間だったという記録がある。

天保年間、同寺の庭に”臥龍の梅”という梅の銘木があり、町内の俳人たちはこれに翁塚という芭蕉の俳句碑をた立てていたが廃寺の時円龍寺の庭に移したとされている。

明治三十五年、近郷の仏教信者が相談して、四国八十八ヶ所の遥拝碑を建立し、石碑に順番と本尊仏のお姿を刻みこんである。
巡拝は、大善寺に始まり長竹の元亨院、大間の観音寺、野見の江雲寺を経て鍛冶町の発生寺で終わっている。
二ツ石大師略縁起
昔、須崎の入海はきわめて広く、今の大師堂の地点は海に突き出た岬となっていた。

ここにあった「並みの二つ石」と呼ばれた二つの大きな波石は現在は土の中にうまって見えなくなっている。

当時山越しに行くのを常としたが干潮のときはこの二つ石岬の端を廻って行くことができた。

ところが同地は波浪いつも岩をかみ「土佐の親しらず」といわれ、波にさらわれて海の藻屑となるものも多く、そのうえ同地点は伊予石鎚山の末端に当るので身に不浄ある者は、時々怪異に出合うといって恐れられた。

平安朝の初期(千百年以上の昔)弘法大師は、四国八十八ヶ所開創の砌りここを通りかかり、そのことを聞いて海岸に立つ二つの岩の上で海難横死者の菩提のため、海上安全の為に発願され、祈願されたのが今の大師堂開基の起源である。

その後「二つ石のお大師さん」と誰れ言うとなくいわれ、今日に至っている。